Tおやじの日記帳~TakaWata’s diary~

主にPTA広報紙、その他の話題を書いてます!

今の先生たちに望むこと

昨今の先生の人気事情

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先生は好き?

ウチの子ども(高校2年と中学1年)に時々聞く。「担任の先生は好き?」2人とも「好き」という。

 

息子の担任の先生

高校生の息子の担任の先生は、男性で年は50歳くらい。昨年の入学式の第一印象は、無表情でぶっきらぼうな印象だった。

 

入学して一週間くらい過ぎた頃に担任の先生はどんな感じ?と聞くと「すごくいい先生」と言った。とにかくこの先生、生徒との距離が近い先生らしい。教師と生徒というより、兄弟のように何でも話してくれるそうだ。

 

私もPTA懇親会でこの先生と少し話したが、表と裏が一切ない先生という印象を受けた。常に本音で話してくれる先生である。

 

そして懇親会には必ず出席する。こういう先生は好感が持てる。本来なら先生という職業上、毎年出席してもいいくらいだ。よく転任して来た年は出席して、次年度からは欠席の先生がいるが、保護者から見れば「うわべだけ」に見える。

 

娘の担任の先生

娘の方は、入学式で見た時に、「優しそうなおじいちゃん先生」に見えた。実際、定年になり再雇用の先生だ。今年度転任して来た先生である。

 

こちらもどんな先生?と聞くと「めちゃくちゃいい先生!」と言う。どんなところがいいの?「優しくて、面白い」だそうだ。

 

懇親会ではあまり話せなかった。しかし、娘がインフルにかかり休んだ日に、家に見舞いに来てくれたらしい。自分に移るかもしれないのに。この件以来、私は娘の担任の先生には好印象を持っている。ぜひ毎年懇親会に出席してほしい。

 

正反対の担任の先生だが大人気

息子の先生は、怒ると怖いらしい。娘の先生は、全く怒らないと言う。まるで正反対の先生だが、両方とも生徒たちからは人気のある先生だ。

 

逆に嫌いな先生を聞いてみた

嫌いな先生、その理由は?

息子に嫌いな先生はいるか聞いた。何人か名前を出す。理由は、すぐ怒るから。担任の先生だって怒るだろ?と聞くと「いや、違うんだよ」と言う。

 

何が違うのか聞くと、担任の先生に怒られるのは、明らかに自分たちが悪いから、とわかっているらしい。嫌いな先生は、何を怒られているのか意味不明な時があると言う。

 

時には怒る姿を見せる必要もある

人間誰だって怒る。ましてや高校生ともなれば、やんちゃ時代真っ盛り。大人から見たらイライラする時もあるだろう。

 

怒るのも必要だ。私の中学・高校時代は怖い先生が沢山いた。真面目に行動するべき時にふざけていたら怒られるのは当たり前だと思う。

 

しかし、その怒り方によって、良い先生とそうでない先生に分かれてしまう。怒る時、生徒に何を怒っているのか伝わる怒り方なら生徒は納得して反省する。嫌われる先生は、何を怒っているかが生徒に伝わらないのだ。

 

昔の先生は、その辺をきちんと使い分けていたように思う。怖い先生ほど、人気があった。怒られる中にも、人間としての優しさが生徒に伝わっていた。

 

怒る理由は、生徒をダメ人間にしないため、社会に出た時に最低限のルールを守らせるために真剣に怒る。これが生徒に伝われば、その先生は人気が出るような気がする。

 

ダメなのは怒っただけ、それだけ。自分勝手に怒るように生徒に伝わるようではダメである。

 

親が子どもを怒る(叱る)場合、どんな怒り方をするか?自分勝手に怒れば、必ず後から後悔する。子どもがどんな風に思うだろう。自分勝手に怒る親と思われるのはどんなにイヤか。

 

優しい先生にもトゲがある

あまり怒らない先生は、子どもにとって「無難な良い先生」だ。そこそこ人気がある。

 

もともと温和な人間はあまり怒らない。根っからの優しい人間なら、人気があるのは当然である。これは特別なケース。

 

しかし別なケース。本当は怒っているのに無理をして怒らない。子どもにとったらこれほど怖い人間はいない。子どもから見たら、何を考えているか全く理解出来ないのだ。

 

大人どうしなら通用する「感情を抑える」行動も、子どもには通用しない。

 

子どもはあくまでも子ども。悪いことをしたら怒られると思っている。そこで怒られないのは、「この人は自分のことには興味がないんだ」と思ってしまうだろう。そして先生と子どもの信頼関係がなくなってしまう,

 

親と先生。立場は違うが、大事なこと

職業か天職か

先生はあくまでも先生。親ではない。しかし、人間を育てる大事な「職業」である。「職業」であるが、職業として子どもに接していれば、子どもは見抜く。保護者も見抜く。

 

なぜ先生という道を選んだのか。最初は崇高な理念のもと先生になる人が大半であろう。しかし人間は「大事なことを忘れる生き物」だ。毎日多忙な生活を送っていると、なぜ自分は先生という人生を選択したのか忘れている人も多いと思う。

 

思い出してほしい。なぜ先生になったのかを

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もし生徒との関係がうまくいかないと悩んでいる先生がいるのならば、自分はなぜ「教師」になったかを思い出してほしいと思う。

 

人を育てる仕事。これは教師にしか出来ない仕事である。モノを作るとは訳が違う。「人を育てる」のである。そのために人一倍勉強して、良い大学を出ているのである。自分が大きな人間になるための「作業」ではない。

 

子どもは教科書通りには育たない。一人一人個性を持っている。親が愛情を注いで育てた大事な大事な子どもたちを預かって教育しているのである。

 

私個人の意見として、自分の子どもを教育してくれる先生たちに望むことだが、将来良い大学に行かなくてもいいし、一流企業に就職出来なくたっていいと思う。とにかく人間として真っ当な人生を送れる人間を育ててほしい。先生たちがそういう気持ちで子どもに接していれば、おのずと子どもから好かれる先生になると思う。

 

子どもは、先生たちの「愛情」を期待して学校生活を送っている。勉強、部活よりも「愛情」である。