Tおやじの日記帳~TakaWata’s diary~

主にPTA広報紙、その他の話題を書いてます!

巨人、大鵬、卵焼き

昔の子どもの大好きなもの

当時の流行語だった

年配の方なら誰でも知っている流行語。「巨人、大鵬、卵焼き」。ひと昔前の子どもが大好きなものばかりだ。

 

昭和40年代、巨人は強かった。いや、強かったらしい(私が生まれたのは昭和46年なので、リアルタイムで見てはいない)。セリーグ9連覇もすごいが併せて日本一も9年連続。こんなチームは他にない。

 

大鵬もすごい。今や白鵬に記録を抜かれたが、優勝32回の大横綱だ。

 

卵焼き。鶏卵は当時、「物価の優等生」と言われ、栄養満点、味も良し。文句なし。

 

私の場合は

しかし私の場合は違う。人それぞれだとは思うが、私は「広島カープ・千代の富士・ハンバーグ」だ。

 

私がプロ野球に興味を持った時、それは昭和55年の日本シリーズ。広島東洋カープが2年連続日本一に輝いた時だ。

 

山本浩二、衣笠、高橋慶彦。ライトル、デュプリー。北別府、山根、大野。私にとって最高のヒーローたちが大活躍していた。

 

真っ赤なカープの帽子がカッコ良かった。親にカープの帽子を買ってもらって、どこに行くにも被っていた。

 

相撲は父親が大好きで、父が会社から帰ってくるとテレビは相撲中継だった。私が大相撲に興味を持ち始めた当時の横綱は北の湖、輪島、若乃花(2代目)、三重ノ海。大関は貴ノ花、増位山。千代の富士はまだ関脇だった。

 

昭和56年初場所、関脇千代の富士は初日から怒涛の14連勝。いやもうカッコ良かった。他の力士に比べると一回り小さな体で大きな力士を投げ飛ばす。見ていて気持ち良かった。

 

千秋楽の本割で北の湖に敗れてしまうが、優勝決定戦で見事北の湖に勝った。場所後に大関昇進。年内に横綱になる。最高のヒーローだった。

 

卵焼きは、私は特に好きではなかった。昭和50年代にもなると日本はすでに経済大国。卵焼きが特別な料理とは思わなかった。

 

私が子どもの頃憧れたのは、レストランで食べるハンバーグだった。家庭では今もあるマルシンハンバーグや丸大ハンバーグが大好物だった。

 

しかし外食で食べるハンバーグは特別だった。ジュワッと焼きたてのハンバーグが運ばれてくるあの興奮はなんとも言えない。ステーキより、寿司より大好きな食べものだった。

 

現在の子どもたちの憧れは

今の子どもの憧れはいったい何だろう。昔と違ってスポーツや食べ物は多種多様だ。サッカー、バレー、バスケもプロがある。プロ野球も相変わらず人気があるが、明らかに昔とは違う。

 

大相撲も変わった。横綱、大関はほとんど外国人力士だ。昔は外国人力士と言ったら高見山、小錦、曙くらいだったのに。

 

食べものも贅沢すぎる。町のあちこちにマクドナルド、ケンタッキー、牛丼…。激安ステーキ店まである。

 

それぞれの時代のヒーロー

時代は変わる。人それぞれ、時代それぞれである。人は時代のヒーローに憧れる。自分のヒーローが存在するからこそ人生に張り合いが出る。と思う。

 

ヒーローが活躍し、自分をそのヒーローに重ね合わせる。何気ない毎日の生活が楽しくなる。これはいつの時代も変わらない。

 

これからの日本にも、子どもの憧れのヒーローが登場するのを期待してやまない。巨人、大鵬、卵焼き…。なんだっていい。子どもの笑顔ほど、世の中を元気に出来るものはないのだから。